「死」を意識したら人生の軸が見えた。

 

令和2年3月10日、火曜日。

まもなく22時になろうとする頃、この記事を書き始めた。

昨夜も日付が変わってから就寝した。

今日は早く寝たいので、25分で書き終わろうと思う。

ポモドーロテクニック的な感じで。

 

昨夜、なぜそんなに就寝が遅くなってしまったのか。

それは土日でサイクルがやや崩れたというのもあるが、

人生のミッションについて考えていた。

…というか、ビジネス書の要約動画を見て、燃えてきて考え出してしまったのだ。

おかげで今朝は豪快に寝坊した。(始業時間には間に合ったが朝食は取れなかった)

 

この動画たちである。

 

www.youtube.com

www.youtube.com

 

そしてこんなツイートをした。

 

 

こんな走り書きメモも残した。

そしてスクールプランニングノートに貼った。

 

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自分が死ぬときに、教え子たちに「本当にありがとうございました」と言われるような人生を送りたいと考えたのだ。

それには子どもたちの成長や自立、これからを生きる力の育成に全力を注がないといけない。

授業力を磨いていかないといけない。

生徒指導や一人一人に合わせた指導・支援というものをもっと学んで実践していかないといけないと考えた。

 

今までぼくは人生の軸がなかった。

給料がいいからとか安定だからとか、そういうことで本採用教員を目指そうなんて考えていた。

自分の自由な時間が持てるからブロガーとかユーチューバーとかも良さそうだなあ、とかそんな寝ぼけたことも考えていた。

 

しかし、「死」を意識してみろという趣旨の話を動画で聞き、そんな何となくの生き方では人生をまっとうできないんじゃないかとも思ったのだ。

別にブロガーやユーチューバーを否定するつもりはない。

彼らも読者や視聴者のためにコンテンツを発信しているに違いないからだ。

そうして価値を提供して世の中を良くしていこうというミッションがあるはずなのだから、素晴らしいことである。

 

ただ、自分の場合はそういう手段は取らないで、生身の体で子どもとぶつかっていきたい、そうして児童生徒の人生に影響を与えたい、良い方向に進めるように力を貸してあげたい、できることをやってあげたい、そんな風に思ったわけだ。

 

ぼくの軸が手に入った。

自分が死ぬときに、教え子たちに「本当にありがとうございました」と言われるような人生を送りたい

ってことである。

 

あとは常にこれに沿って行動を選択していけば良い。

やりすぎて自分が潰れてしまっては本末転倒だ。

睡眠はしっかり取ろう。(なので早く寝よう)

洋服なんかこだわらなくて良い。

モノは少ない方が、自分の行動や集中力へのノイズが少なくなるので良さそうだ。

授業力を高めるのに文献を読もうとか。

iPadは本当に必要なのかとか。

ブログは必要なのかとか。

本採用を目指す意義は何なのかとか。

 

とにかく軸に沿って行動していきたいのだ。

一本の筋を通して生きるのだ。

 

 

***

 

 

今はこんなことを書いているが、また半年後には考え方が変わっているかもしれない。

でも、「死」を意識した自分の人生の軸とは何かという考え方はかなりしっくりきた。

 

そんなことを考えていた。