学校に行くことよりも大事なこととは。

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こちらのニュース記事を読みました。

 

headlines.yahoo.co.jp

 

全部で7ページと、なかなかの長さの記事なんですけど、

一言で言うとめちゃめちゃ良かったです。

学校に行くのが嫌だと思う全ての学生に読んでもらいたいし、

おとなでも今の現状に納得できてないとか満足できてないという方に勇気を与えてくれる内容だと思います。

 

めちゃめちゃざっくり言うと、いじめられっ子で不登校だった中川翔子さん(しょこたん)がインターネットに出会って好きなことを発信していったら世界が広がって今につながったという話です。

 

ぼく自身も中学校・高校時代はいじめられていた時期がありました。

中学の時は靴を隠されたり、ノートに悪口を書いたり、

高校の時はイジリの対象にされて、学校を休んだ日もありました。

スクールカースト的な構造もありました。

 

いじめって本当に辛いんですよね。

ぼくも他の子をいじめてしまったことがありますけど、本当に後悔しています。

イトウさんやフジさん、マッスーとかに本当に申し訳ないことをしたなと思っています。

 

 

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ぼくは教師になりました。

立場的には不登校の子に学校に来てもらうように働きかけたほうがいいのかもしれないんですけど、たぶん今の教育現場は無理に来させるようなことは行なっていません。

フリースクールといった、学校とは別の場所に通ってみたりすることもあります。

 

個人的に思うのは「別に学校に行かなくてもいいのでは」と思っています。

フリースクールにも無理に行かなくていいと思っています。

あくまで「無理には」って話です。

 

自室に閉じこもっているだけでは不健全だと思いますが、部屋の外に出て、保護者と一緒でもいいので外に出る機会があるだけで結構大丈夫なんじゃないかと。

 

好きなことをしているだけだと知識の偏りが生じるかもしれません。

ある意味、学校での勉強は一般的な教養や常識を満遍なく知って体得するためのものかもしれません。

これらを不登校の状態で、家庭での学習や指導(しつけ)だけで得られることはないでしょうが、まぁテレビを見るなり雑誌(小学生用や中学生用等)を読むなりで多少はカバーできるんじゃないかなと思います。

 

「学校に行かなくてもいいが勉強はしなくていいわけじゃない」という意見もあるが、まぁ本当に読み書き計算くらいができればいいんじゃないかなと。

学校で教科として学ぶことって色々あると思うんですけど、

国語・算数(数学)・理科・社会・英語・保健体育・技術家庭科・音楽・美術・道徳…

 

ドラゴン桜』の名言で「賢いやつはだまされずに得して勝つ バカはだまされて損して負ける」ってのがありますけど、

 

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ドラゴン桜(1) (モーニングコミックス)

 

それも一理ありますけど、勉強する意義ってそれだけじゃないわけで。

人生を楽しむための視野を広げたりとか、やりたいことをやるための進学を考えたときに勉強が必要になったりとか、そういうこともあるわけで。

まぁでも子どもに勉強をする理由を伝えるならドラゴン桜の桜木先生みたいな言い方や、将来の進学についてを動機付けにしたほうがいいですかね。

 

 

話が逸れまくったので戻すんですけど、つまりは、いち社会人として生きていくためだけであれば、勉強があんまりできなかったとしても、基本的な一般常識と読み書き計算と社会のモラルやマナーあたりを知っておけば、ひとまずは大丈夫なのでしょうと思っています。

あとは自分次第。

ゾゾタウンの前澤社長だって高卒だし、GMOの熊谷社長は高校中退だったりします。

やりたいこと、好きなことであれば、それに必要な勉強は自分だけでもできるでしょうし。

そこは根性出してがんばれるかどうかですよ。

 

 

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「一番大切なことは、学校に行けない自分をOKだと思えること」という意見もありました。

ぼくもダメダメな人生を歩んできましたが、今も全然納得も満足もできる状態じゃないけど、肯定してあげたいなと思っています。

 

【関連記事】

自分を肯定してあげなきゃ、いつまでたっても生きづらいまま。 - 沖田の日記

 

しょこたんは学校に行けなかった過去の自分に「それで大丈夫!」と伝えたいと言っています。

「好きなことを見つけたもん勝ち」だよと。

 

困難を乗り越えていく経験も大事かもしれません。

乗り越えられなかったとしても自分を否定せず、肯定してあげられる意識も必要だと思います。

子どもが(もしくは自分が)「本当はどうなりたいのか、どうしたいのか」ということに向き合って、その選択をしていけるといいのかなと思います。

 

まぁ、しょこたんも本当は学校に行きたかったという思いもありながらの振り返りなんですけどね。

右にならえで学校に行くだけが正解ではなく、いろんな正解があるんだよというのが、今の時代の答えなのでしょう。