高校の授業の中で平安時代の恋愛事情を教えるのも気をつかうだろうなぁ(セクハラ)

 

古文常識として平安時代の恋愛事情を学びなおしました。

「会う・逢う」が「深い仲になる」という意味なのは大変よくわかりました。

でもさ、でもさ、それって高校の授業で男の先生がそれを教えるのって大変じゃね??

 

 文通を何度か交わして「では会いましょうか」となったら、夜に男が女の元へ出向いて一夜を過ごすんですよね。

それが「深い仲になる」ってことなんですよね。

で何をするのって話になれば「いやー授業の中では言えないけど、まぁ、そういうことですよね」みたいになんとなく言葉を濁したような表現になりますよね。

笑って誤魔化す、的な。

 

まぁこれは女の先生でも大変ですね。

 

でもさでもさ、やっぱ世の中的に男の人に対してのセクハラ発言の是非っていうのが手厳しいじゃないですか。

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福田氏のセクハラ被害を6社が「調査中」余波あるか - 社会 : 日刊スポーツ

 

セクハラとは何なのかという線引きが連日ワイドショーなんかでガヤガヤと議論されていますが、男性に対してはきっと今後も手厳しい世の中であることと予想はしています。

紳士であれ、ということですよね。

 

古典作品の中ではやっぱり恋愛の類のものが多いですから、そういう色っぽいというか艶っぽいというか、っていう部分は避けて通れないんですよね。

だから高校生のみなさん。

特に女子生徒の皆さん。

学校の先生は露骨な表現はなかなか立場的にしにくいものですから。

大人の事情というところを是非汲んであげて、遠回しな表現で授業をしていたとしても、わかってあげてくださいね。

「それって具体的にどういうことですか」なんていう質問を授業の中でしないように、大人の対応をできるようにするのも勉強のうちですからね。