沖田の日記

人生のきっかけなんぞ、だいたい「なんとなく」じゃよ。

この恋を終わらせたくない。

 

先日「彼女ができた」という、自慢記事を書きました。

 

 

xxx3.hatenablog.jp

 

 

しかし、早速 破局フラグ が立っているのでお知らせします。

 

 



 

結局僕のほうが好きの気持ちが大きすぎるんですよね。

 

バランスの問題だし、「恋愛は惚れたほうが負け」という定説どおりです。

 

彼女も僕のこと好きは好きなんですよ。

 

けど、、、けど、、、ですよ。

 

 

 

もうすぐ付き合って1ヶ月だというところで、「沖田くんの気持ちに応えられる自信がない」という話をされました。

 

付き合いたてのときに「私はゆっくり関係を進めていきたい」と言われていたのに、僕はこの1ヶ月弱でそこそこ進めてしまいました。

 

一線も越えてしまいました。

 

一線を越えてすぐに彼女は泣き出して、「沖田くんの気持ちに応えられる自信がない」という話になりました。

 

浮かれてた僕がバカでした。

 

 

 

「友達に戻って、考えさせてほしい」と言われました。

 

これはもう終焉を迎えようとしているとしか思えませんよね。

 

僕の気持ちは「そういう性的なことは求めなくていいから、全部ゆっくりで大丈夫だから、一緒に歩んでいきたい」という感じで伝えました。

 

でもやっぱりきっと予想されるのは「友達でいたい」という回答が返ってくるということですよね。

 

「友達」だったらLINEも電話もしていいし、遊びに誘ってもいいのでしょうか。

 

片思いの相手として接していいのでしょうか。

 

「友達」だったら手を繋いだりキスをしたりはもうできなく(しなく)なるでしょう。

 

本当にそれでいいのか?

 

貴女も求めてたじゃないですか。

 

早まって先に進んでしまったことは自分が悪かった。

 

けど、、、

 

ああ、、、

 

ここで終わってしまうのでしょうか、、、。

 

 

 

彼女のことを知らない知人女性(既婚)に今回の経緯を相談したら「大丈夫だと思うよ」って言ってくれました。

 

男なら余裕で構えていなさい、と。

 

そうですよね。

 

まぁ沖田は女々しくて女々しくて仕方ないっすよね。

 

彼女は、気持ちが追いついていないのに体の関係がなされていくのを望まない

 

なら、僕が彼女のペースで大丈夫だとすればどうなのか。

 

ていうか本当に大丈夫なんだけど。

 

ていうか最初からちゃんとコミュニケーションを取って、彼女の気持ちを汲んでやればこんなことにはならなかったかもしれないし、普通に最初から汲んでやれよって話なんですけど。

 

 

 

「やっぱり沖田くんとゆっくり進んでいきたいです。それでもいいですか?」

 

っていうメッセージが届くことを星に願って、七夕伝説の奇跡を待ちたいと思います。

 

 

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ブログってこういうとこが良いんだよな。

 

随分とブログ更新頻度が下がっておりますが、沖田は元気です。

 

教員採用試験がもう3週間後とかに控えているので、ちょっと忙しいです。受験票が届いてないけど。

 

 

先日、「ああ、やっぱブログってこうだよなぁ。こういうのが魅力だよなぁ」って思ったことがあったんです。

 

週末に彼女とのデートを控えていたんですけど、舌に大きな口内炎が出来てしまったんです。

 

痛いいい痛いいいと思いながら生活していたんですけど、口内炎ができるとふと思い出してしまうのが、ドラマ版『世界の中心で、愛をさけぶ』なんですよね。

 

2004年に山田孝之綾瀬はるかがやってたやつでね。

 

その劇中で白血病の少女を演じる綾瀬はるかが「口内炎があって、うつっちゃうかもしれないから」という感じで山田孝之のキスを拒むシーンがあるんですよ。

 

口内炎ができやすい僕には刺さりまくったシーンで。

 

それを思い出して「ググってみっか」って感じで調べようと思ったんですけど、「世界の中心で愛をさけぶ」って入力すんのも面倒だし、綾瀬はるかの役名も忘れてるし…ってことでね。

 

そこで思い出したのが山田孝之の役名が「朔太郎」ってことだったんですよね。

 

作家の萩原朔太郎から来てるんですけどね。

 

そこで「口内炎 朔太郎」って検索したら、3番目にこちらのページがヒットしたんです。

 

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https://www.newroteka.com/kataru2/nicky.cgi?DATE=200407?MODE=MONTH

 

 

2014年11月を最後に更新が止まっているサイトなのですが、この画像&テキストだけというシンプルさがまた良いのですが、それでも全然読ませてくれる文章で。

 

ていうか僕のふとした思いつきで検索したら、こんな15年も前の文章が読まれたりするんですよ。

 

すごくないですか?

 

だから沖田の日記もこれからもいろ〜〜〜〜〜んな何かで読まれることがあるかもしれないし、今これを読んでいるあなたの書いた文章もいろ〜〜〜〜〜んなところで読まれるかもしれないんですよね。

 

ブログの可能性とか、そういうのを少し感じちゃいましたね。

 

日常のことを書くだけでいいし、短くてもいいんですよ。

 

書いた文章が、知らない誰かの役に立つものになるかもしれないし楽しませるものになるかもしれない。

 

気楽に、楽しく、ブログを続けていけたらいいなぁと思った出来事でした。

 

 

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「わかりません」を否定してはいけない。

 

教員採用試験の面接の練習として、勉強会に誘われて行ってきました。

 

「あなたの勤務する学校長の掲げる課題は何か。3つ教えてください」とか「なぜこの自治体を志望するのか」とか聞かれましたが、正直「知らんよ」という思いでした。

 

学校長の掲げる課題については何となく思い返して、校長がよく言う内容を書いてその場をしのいだのですが、この自治体を志望する理由については「考えていませんでした」で終わりにしました。

 

いや、考えたことはあるんですよ。

 

でも「地元だから」では弱いし、かと言って「自治体の掲げる教育プランに強く共感して…」とか言っても堅いし、「ああ、覚えてきたやつを言ってるだけだ」と思われるし、そもそも本当にそう思ってないと突っ込まれたらバッサリ斬られるし、何なら同じような目標を掲げてる自治体は他にもあるだろうから、そっちでも良いんじゃないですか?って話になります。

 

そしたら案外ほかの勉強会参加者も「地元に貢献したい」とかそんなようなことばっかり言っていて、「あー、みんなそんなもんなんやな」って思ってたら指導者の先生は意外にもそれで良いとか言ってるし。

 

本音を言うってことは大事なんだなと思わされましたね。

 

 

で、表題の件ですが、「わかりません」と答えるのは悪いことじゃないと思うんですよね。

 

勉強会で意地悪な質問をしてくる指導者っているじゃないですか。

 

あれ、ムカつきません?

 

「うるせぇ。だから勉強会とか嫌なんだよ」って言って勉強会に参加しなくなってしまいますよ。

 

まぁでも、実際の本番ではそういう嫌な質問も繰り出されるのでしょうが、「わかりません」「考えていませんでした」というのは練習の段階では全然オッケーなんじゃないかと思うんです。

 

だって「準備」の段階ですもん。

 

こういうところで「ああ、こういう質問がされるんだな。考えてなかったから自分なりに考えておかないといけないな」と気づくことが重要じゃないですか。

 

それをきっかけに準備すればいい話じゃないですか。

 

なのにいきなりそれを否定して「そんなんじゃダメだよ」って言うのは愚の骨頂だと思うんですね。

 

わからなくても、間違えても、指導者は穏やかな表情で受講生を導いていかないと。

 

勉強会に行くのが嫌になったら、せっかくの若い力を潰してしまうことになりかねませんよ。

 

「もう教員を目指すのやめるわ」とか言い出しかねませんよ。

 

「間違えても全然オッケー!」という雰囲気づくりが大切です。